蛍光性芳香族ウレア化合物の光化学

筑波大学 数理物質系化学域 西村研究室(光反応化学)

芳香族ウレア化合物がアニオンと水素結合することによって生じる新たな蛍光状態についての光化学

はじめに

代表的なアニオンとして、フッ化物イオン(F, 歯磨き粉)、アセテートイオン(生体内での代謝に関与)、そして硝酸イオン(湖沼河川の汚染原因物質)などがあります。その働きを明らかにするためにも、アニオンを検出することには大きな意義があります。

クマリン―ウレア化合物を使うと、アセテートを添加する前では、鮮やかな紫色の蛍光色(左)を示しますが、アセテートと会合すると、明るい水色の蛍光(右)を示すようになります。このように、蛍光色の変化によってアニオンを認識することができます。

アントラセン―ウレア化合物にDBU (1,8-Diazabicyclo[5.4.0]undec-7-ene)を添加すると、その蛍光スペクトル(黒線)の長波長端は700 nmを超えるため、その発光色は白色に近づきます。これは、白色発光を与える新たな物質と捉えることができます。現在、さらに長波長側に蛍光スペクトルが伸びた化合物について、研究をすすめています。

ウレア基とアニオンとの水素結合形成

ウレア基はアニオンとの水素結合を形成する部分となります。ウレア基のNとHは電気陰性度の違いによって、それぞれδδ+に分極しており、それがアニオンとの相互作用の原動力となります。N-H‧‧‧Oという水素結合の形は、Hを介して電気陰性度の異なるNとOが結合することを意味しています。これが新たな蛍光色を与えるESPT (Excited-state intramolecular proton transfer)反応を引き起こします。芳香族ウレア化合物のESPT反応の詳細は未だに解明されておらず、発色をコントロールするためには、反応機構の解明が必要となります。

明らかにしたいこと

芳香族ウレア化合物は、蛍光性の芳香族部位と2つのN-Hからなる水素結合供与能を有するフェニルウレア部位から構成され、アニオンセンサーとして働きます。例えば、アセテートのような水素結合受容能を有する化学種との間に水素結合を形成し、吸収および蛍光スペクトル、そして1H NMR に変化が現れます。特に蛍光スペクトルは顕著に変化するために高い視認性が得られ、アニオンセンサーとして有利です。アニオンとの水素結合による会合体(N)は、その励起状態(N*)でのプロトン移動(ESPT)を介して、断熱的に互変異性体(T*)を生じ、これが新たな蛍光を発します。その結果、N*とT*から蛍光が発せられ、二重蛍光として観測されます。

研究目的は、蛍光寿命測定によって得られる速度定数に基づいて、T*の蛍光状態における電子状態の解明を行うことにあります。

アントラセンーウレア化合物のESPT反応

アントラセン-ウレア化合物(2PUA)のESPT反応機構を示しています。アセテートとの会合体を形成していない場合(Free)には、単独の蛍光スペクトルを与えますが、アセテートと会合体(N)を形成すると、励起状態(N*)でESPT反応を起こし、断熱的にT*を生成します。このとき、N*とT*の両方からの蛍光が観測され、二重蛍光となります。

Tはアニオン体に近い構造をとっていることが明らかになっています。しかし、2PUAは有機塩基TBDを添加してもアニオン体が生じないため、2PUAのTは、アントラセン環への電荷の片寄りが少ない電子構造を持っていると考えられます。アントラセンの2位は電荷密度が小さく、ウレア基との電子的なカップリンが小さいことを反映しています。

現在取り組んでいる課題

明らかにしたこと

実験結果を使った具体的な解説をポイントで行っています。

他に気になっていること