実在液晶の構造熱力学

齋藤一弥

温度変化型の実在液晶の形成機構を分子構造,とくに堅いコアと柔軟なアルキル鎖の存在に注目して解析した結果を解説する.アルキル鎖の融解が配向融解の段階で起きることを確認し,液晶相発現における決定的な役割を明らかにした.濃度変化型液晶との類似性,中でも膜構造との類似性を強調した.
(, 45 (5), 200-205 (2020))


液晶の発現機構と凝集構造 
 −− エントロピーを足がかりにした物性科学の例として

齋藤一弥

ますます複雑な物質を対象にした物性科学が展開される現代にあって,原子・分子に立脚した物質の理解を深めるために,巨視的な量であるエントロピーを敢えて利用することの重要性を議論する.対象とする系の複雑さを選ばないという熱力学の特長と,ボルツマンの原理により,複雑な系の物性科学におけるエントロピーの役割は非常大きいように思われる.層状液晶相の凝集構造の解明を実例として取り上げる.
(日本の科学者, 54 (3), 142-147 (2019))


液晶の構造熱力学 − 完全結晶から液体へ −

齋藤一弥

比較的単純な液晶相の発現を,完全結晶から等方性液体へといたる分子結晶の融解過程に位置づける.多くの液晶が持つ堅いコアと柔軟なアルキル鎖が結合した構造の意味を考える.アルキル鎖の融解が配向融解の段階で起きることを確認し,その液晶構造への影響を議論する.物性科学におけるエントロピーの重要性を強調する.
(液晶, 21, 25-36 (2017),2016年度日本液晶学会業績賞に関する総説)


サーモトロピック液晶のアルキル鎖は何をしているか?

山村泰久,齋藤一弥

簡単な棒状液晶分子の末端に結合した柔軟なアルキル鎖が液晶相の形成やその安定性にどのように関係するかを,筆者らの研究成果に基づき説明した.SmE相から等方性液体への相転移の転移エントロピーの鎖長依存性の解析により,任意の液晶相においてアルキル鎖が等方性液体とほぼ同じだけ乱れていることを示した.この乱れたアルキル鎖が,エントロピー溜め,および分子内溶媒として機能している実例を紹介した.SmE相の構造解析の結果に基づき,ナノ相分離した構造を,分子末端にアルキル鎖を持つ液晶性分子の作る層状液晶の基本構造として提案した.
(液晶, 19, 126-134 (2015))


熱量測定のこれからにむけて

齋藤一弥

熱測定討論会50回,すなわち50年目という記念すべき節目にあたり,研究をしながら日頃考えていることをまとめた.主として筆者よりも若い読者を念頭に,熱測定,中でも熱力学量の測定の現代的な意味を考える材料を提供するとともに,研究に役に立つ実例を紹介した.熱力学が古くさい学問ではないことを説明した上で,実験熱力学のおかれている状況を確認し,筆者が専門とする熱容量カロリメトリーと物性科学の係わりの中での,研究の進め方について私見を述べた.
(熱測定, 41, 141-147 (2014))


サーモトロピック キュービック相における分子配列とリエントラント現象

齋藤一弥 ,山村泰久,沓水祥一

代表的なキュービック液晶物質であるBABH(n)が示すキュービック相の構造解析の過程を紹介する.回折法による構造解析上の困難の一つである位相問題を,回折強度のアルキル鎖長依存性により回避できることを示す.さらに,その結果に立脚した最大エントロピー法によって,Ia3d対称のジャイロイド相における平均的分子配列を解明し,鎖長の違いで現れる2種類のジャイロイド相の関係を議論する.
(液晶, 18, 56-63 (2014),2013年度日本液晶学会 論文賞 解説)


有機液体における水素結合による環状会合体形成

長友重紀,山村泰久,齋藤一弥

小さな環状会合体形成を考慮した水素結合性液体中の会合モデルを提示し,適度なかさ高さの置換基を持つアルコールの示す,熱容量や誘電率の特徴的な非単調温度依存性が良く記述できることを紹介した.赤外スペクトルや1H NMRの結果も同様に再現できた.
(熱測定, 40, 107-113 (2013))


分子構造に注目した液晶の分子熱力学

齋藤一弥

実在液晶を構成するの多く分子が「コア-アルキル鎖」構造を持つことに注目した熱力学量の解析により,液晶相におけるアルキル鎖の役割を明らかにした.サーモトロピック液晶がリオトロピック液晶としても性質を持つことを明らかにし,今後の液晶科学展開の方向性を考察した.
(熱測定, 40, 2-9 (2013),2012年度日本熱測定学会 学会賞 解説)


広い温度範囲で熱収縮を示す負の熱膨張材料

山村泰久,齋藤一弥

「負の熱膨張」(NTE)の機構を熱力学的に解明した研究を紹介した.精密な熱力学量の解析によりNTEセラミックスの格子振動に特徴を見出した:低エネルギーモード,高エネルギーモード,これらの間の状態密度ギャップ.この解析に基づき「潜在的NTE物質」が存在することを指摘し,今後の開発・改良の方向性を考察した.
(セラミックス, 46, 922-926 (2011))


棒状分子が作る高い対称性を持つ液晶性超構造の構造解析

齋藤一弥,沓水祥一

サーモトロピック液晶BABHが発現する2種類のキュービック相(Ia3d相とIm3m相)における分子凝集構造を小角X線回折の結果から解析した過程を紹介した.
(日本結晶学会誌, 51, 169-174 (2009))


物性研究における熱容量測定とエントロピー

齋藤一弥

物質・材料科学の現場では,従来の物性科学が扱ってこなかった,あるいは扱いにくい,複雑な系を取り扱う場面が急速に増加している.しかし,対象がいかに複雑になろうとも,現象論としての熱力学は厳格に成立する.現象の不可逆性を特徴づける物理量である(熱力学的)エントロピーは,系のミクロな状態の数を表し(ボルツマンの式),実験的には熱容量測定によってのみ定量され得る.したがって,ミクロな立場から扱うには複雑すぎる現実の物質の物性研究において,エントロピーの定量は,巨視的物性量の測定が直ちにミクロな情報を与える,たぐいまれな手段となり得る.たとえば,複数の分子の運動が強い相関を持つとき,エントロピーは大きく影響を受ける.このような分子運動の相関は,物性科学における最終手段と言われることさえある核磁気共鳴(NMR)や中性子散乱をもってしても,定量的に検出するのは容易ではない.この意味で化学熱力学は物性科学において新たな役割を果たそうとしているともいえる.この小文では熱容量の測定法を簡単に説明すると共に,複雑な系においてエントロピーから得られる情報の実例を紹介する.
(科研費特定領域「配位空間の化学」広報8号, 26-31 (2006))全文(pdf:1MB)


サーモトロピック液晶における双連結構造

沓水祥一,齋藤一弥

従来,リオトロピック(濃度変化型)液晶やブロック共重合体で多く発見されてきた双連結構造をもつ凝集状態が,棒状に近い分子からなるサーモトロピック(温度変化型)液晶で発現することが広く認識されるようになってきた.本解説では双連結構造とその基本的(と思われる)発現メカニズムを解説すると共に,低分子サーモトロピックキュービック相に特徴的な性質を紹介した.
(固体物理, 41, 379-388 (2006))


サーモトロピック液晶とリオトロピック液晶 −統一的視点の可能性−

齋藤一弥

キュービック液晶相についての熱力学的研究に基づき,サーモトロピック液晶とリオトロピック液晶が従来考えられていたよりも近い関係にあることを指摘した.ある種の液晶においては分子末端の長鎖アルキル基は大きな配座エントロピーを持ち,分子内溶媒・自己溶媒として働くことが熱力学的な実験により確認できる.サーモトロピック液晶を擬二成分系として取り扱うと,キュービック液晶の構造モデルが導かれ,三重周期極小曲面(TPMS)と平坦面のエントロピー差などを議論することができる.
(熱測定, 32, 133-140 (2005))


エントロピーリザーバー:長いアルキル鎖の変わった役割

齋藤一弥

相転移に際して,分子内のある部分から他の部分へエントロピーが移動する現象がある.このとき,アルキル鎖は,大きな「エントロピー容量」のために,エントロピーリザーバー(エントロピー溜め)として働くことがある.そのような実例として液晶性化合物と擬一次元無機錯体を紹介した.液晶性化合物では,リザーバー容量の大小によって相系列の逆転が見られる.
(生産と技術, 54, 46-48 (2002))


分子結晶の物性と分子内運動自由度

齋藤一弥

分子内部運動自由度と密接に関係した分子性結晶の物性について紹介した.p-ポリフェニル分子は単結合周りに分子がねじれる自由度を持ち,それに関する構造相転移示す.化学修飾により分子内ポテンシャルを変化させることによって,相転移の性質や型を変化させることができ,構造相転移の統一的な取り扱いができる実在系と見なすことができる.ET関連の有機伝導体では分子内にある六員環の立体配座間の平衡をもたらす運動が凍結しガラス転移を起こす.このガラス転移の存在は交流法熱容量測定法によって,熱容量の周波数分散として検出された.このガラス転移と関連して,超伝導転移温度が冷却速度などの試料の熱履歴に依存する物質も存在する.
(固体物理, 36, 191-199 (2001))


光学的に等方性である珍しいサーモトロピック液晶の熱力学

齋藤一弥,徂徠道夫

光学的等方性液晶化合物の凝集状態についての熱力学的研究を紹介する. ANBC(16),ANBC(18)およびBABH(8)の液晶相における絶対エントロピーは アルキル鎖が激しく乱れていることを示している. この乱れたアルキル鎖が等方性相ではあたかも溶媒のように振る舞っていることを ANBCとn-アルカンの二成分系の相図から確認できる. ANBCとBABHにおけるSmC相と等方性液晶相の間の転移エントロピーの鎖長依存性は, 分子コアとアルキル基が転移エントロピーに逆負号の寄与をすることを示している. 等方性液晶相を分子コアと融けたアルキル鎖の「二成分系」と考えることを提案する.
(液晶, 5, 20-27 (2001))


微小脆性結晶の熱電能測定法と2バンド擬一次元有機伝導体の多段階金属−絶縁体相転移

吉野治一,齋藤一弥,村田恵三,池本 勲

微小で脆い結晶の熱電能を測定するための実験技術をデータ補正の方法も含めて解説した.試料の典型的な長さは0.5 - 1.5 mmである.この方法によって試料の絶対熱電能を4.2 K - 300 Kにおいて比較的容易に測定することができる.同様の方法はより高温への応用も可能である.有機ドナー分子からなる擬一次元的伝導パスを二種類持つ有機伝導体(DMET)2ClO4とその類似体の相転移の研究における本熱電能測定法の適用例を紹介した.
(熱測定, 27, 77-87 (2000))


結晶中の分子の内部運動自由度と相挙動

山村泰久,齋藤一弥

結晶中の分子の内部運動自由度が引き起こす巨視的な現象について解説した.trans-スチルベンとtrans-アゾベンゼンの分子は結晶中でクランクシャフト運動を行っており,その運動の凍結によるガラス転移が起きる.p-ポリフェニル分子は単結合周りに分子がねじれる自由度を持ち,それに関する構造相転移示す.化学修飾により分子内ポテンシャルを変化させることによって,相転移の性質や型を変化させることができ,構造相転移の統一的な取り扱いができる実在系である.混晶における構造相転移の挙動はその相転移機構に大きく依存し,変位型ではソフトモードの局在による大きな不純物効果が観測される.
(熱測定, 25, 33-42 (1998))


固体の低温熱容量 −Andersonらの理論を中心に−

白神達也,齋藤一弥,阿竹 徹

固体の低温熱容量について,近年の実験的及び理論的研究を紹介した.Andersonらが仮定した二準位系の他に,最近,数多くの非晶質固体において「余分の」低エネルギー励起が見いだされてきた.コンピューターシミュレーションもそのような励起の存在を支持している.それらはまた「ソフトポテンシャル」理論によって説明される.熱容量や音速の異常な温度依存性は,固体電解質や高温超伝導体,純金属などの結晶性固体においても認められるようになってきた.これらの振る舞いは非晶質固体の場合とよく似ており,Andersonらの理論によって説明できる.
(熱測定, 21, 134-143 (1994))


古典的DTA,入力補償DSCおよび熱流束DSCの理論的考察

齋藤一弥,阿竹 徹,齋藤安俊

Mrawによって提案された統一モデルに基づいて古典的DTA,入力補償DSCおよび熱流束DSCについて考察した.厳密解に基づき熱流束DSCにおいて,一次相転移による信号の解析から真の相転移温度を求める方法を示した.一次相転移の前後で基線が食い違った場合の,実用的な基線の引き方の原理を指摘し,厳密解に基づく方法も示した.一次相転移によるピークの高さの実験条件依存性を求め,飽和値の存在を示した.
(熱測定, 14, 2-11 (1987))


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