有機分子の触媒的酸化反応

ルテニウム錯体は、酸化剤と反応して高原子価オキソ錯体を形成し、それが酸化活性種として基質を酸化することが知られている。そのようなルテニウム-オキソ錯体を鍵中間体とする触媒的酸化反応系の構築は、様々な配位子を用いて盛んに研究されてきた。

 ルテニウム(III)-TPA錯体は、m-クロロ過安息香酸(mCPBA)を酸化剤として、アルカンの酸素化反応の触媒として機能する。このとき、TPA配位子の電子的効果により反応機構が変化する。[RuCl2(TPA)]ClO4を用いた場合、mCPBA由来のラジカル種が酸化活性種としてアルカンを酸化するのに対し、電子吸引性基を導入した[RuCl2((4-EtOC(O))2-TPA)]ClO4を用いた場合、mCPBAのO-O結合の均一開裂を経由するRu(IV)=O錯体を酸化活性種とする反応機構により、アルカン酸化反応が進行する(Chem.-Eur. J. 2007, 13, 8212)。

 これに対して、Ru(II)-TPA-ビスアクア錯体を、セリウム(IV)イオンを酸化剤として、プロトン共役電子移動により中間スピン(S = 1)状態のRu(IV)=O錯体へと変換し、それを酸化剤とするアルケン、アルコール、飽和C−H結合の触媒的酸化反応が水中で進行することを明らかにした。これらの酸素化反応では、水が溶媒かつ酸素源として機能し、高効率・高選択的な環境調和型酸化触媒系の構築に寄与している(Angew. Chem. Int. Ed. 2008, 47, 5772)。また、シクロヘキサンジオールからアジピン酸への6電子酸化過程がについて、触媒と基質に由来する反応中間体との間の分子間水素結合形成が、この選択的酸化反応の鍵となることがDFT計算により明らかにされた (Inorg. Chem. 2011, 50, 6200; 九州大学先導研吉澤研究室との共同研究)。

 また、TPAの1つのピリジン環の6位にカルボキシル基を導入した、6-COO-TPAを5座配位子とするRu(IV)—オキソ錯体が、水溶液中で水分子の配位を伴って、前例のない7配位低スピン状態(S = 0)をとることを明らかにした。その反応性は、触媒活性及び速度論的解析から得られる活性化パラメータの比較から、上記の中間スピンのRu(IV)-オキソ錯体とほぼ同様であることが示された(Angew. Chem.,Int. Ed. 2010, 49, 8449)。このことは、高原子価金属—オキソ錯体の反応性は、基底状態のスピン状態によらないということを意味している(Shaikらとの議論: Angew. Chem.,Int. Ed. 2011, 50, 3825)。


DFT計算によって得られた低スピン(S = 0)型Ru(IV)-オキソ錯体の構造。




また、N4Pyを配位子とするRu(II)-アクア錯体(下図)を電解酸化して得られるRu(IV)-オキソ錯体は、酸性緩衝液中で反磁性であり、S = 0の低スピン状態にある。

フォトクロミックな構造変化を示すRu(II)-TPA-ジイミン錯体は、キレート配位子で配位座が占められている。しかし、[Ru(TPA)(bpy)]2+は、水溶液中でCANと反応し、構造変化を伴うPCETにより、Ru(IV)-オキソ錯体[RuIV(O)(H+TPA)(bpy)]3+を生成する。我々は、そのオキソ錯体の結晶構造(下図)を決定すると共に、その錯体がC-H結合を酸素化する反応において、これまで推定の域を出なかった「酸素リバウンド機構」を立証する中間体を初めて観測した(J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 11692)。

Ru(IV)-オキソ錯体[RuIV(O)(H+TPA)(bpy)]3+の結晶構造。

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