渕辺グループ 研究内容

物質合成は、あらゆる科学の基盤をなしています。例えば天然物質を研究対象とする場合、それらが微量にしか入手できない時や、自然界には存在しない類縁体を取り扱いたい時など、化学合成が頼りとなります。また、新しい性質や機能などを創り出そうとして様々な化合物をデザインする場合も、最終的にはそれを合成することが必要となります。 有機合成化学とは、標的とする有機化合物を手にするために、合成ルートを探索し、合成する方法(反応)そのものを新しく創り出す研究分野です。有機化合物の優れた合成法の開発は、新しい化合物の創製に直結します。また同時に、新しい化学の発見に出会う機会も多くあります。
こうした視点から我々のグループでは、従来にない新しいタイプの有機合成反応の開発、特に基本的でかつ効率が高く実用性に富む反応の開発を目指しています。鍵になるのは、「活性種」です。 我々は、有機金属化合物と有機フッ素化合物の特性をかけあわせることで、他の研究グループには真似のできない、新しい発想に基づいた合成手法の開発を進めています。

遷移金属触媒によるフッ素化合物合成のための新手法

遷移金属とフッ素を組み合わせることで、実用性を備えたさまざまな触媒系を構築できます。たとえばインジウム触媒を利用すると、位置選択的にフッ素導入した拡張π共役系化合物を簡便に合成できます(式1)。また銅触媒やニッケル触媒を利用すると、シクロペンタノン誘導体のフッ素の置換位置異性体を、共通の出発物質から作り分けることができます(式2,3)。 フッ素導入した拡張π共役系化合物や環状化合物はそれぞれ、有機半導体や医薬品などとして有望です。

有機フッ素化合物の減算型合成手法 

有機フッ素化合物はこれまで、 出発物質に対してフッ素またはフルオロカーボンユニットを導入する手法で合成・供給されてきました。こうした足し算の発想による合成手法に対して、我々は引き算の発想による合成手法を提案しています(式4,5)。フッ素多置換化合物から、フッ素置換基の特性を生かして特定のフッ素だけを選択的に置換することで、工業的に安価・大量に製造できる化合物を出発物質とする、実用的な有機フッ素化合物合成を実現しています。

金属フリーな有機フッ素化合物の合成手法 

セレンディピティ的に、金属を使わない有機フッ素化合物合成法も見出しました。市販されているシリルエステル(1)にプロトンスポンジを触媒として作用させ、フッ素置換した二価炭素化学種(ジフルオロカルベン)を穏やかな条件で発生させる手法を開発しました(式6,7)。高温条件や強塩基性条件を必要としないこの合成手法は官能基化された有機分子の構築に適しており、残留金属のおそれもないため医薬品の合成に適しています。