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研究内容

有機ケージ分子を反応場とした無機ナノ粒子合成

金属や金属酸化物などの無機ナノ粒子はサイズ領域によりバルク固体、ナノ粒子、クラスターに分類され、サイズの違いにより大きく異なる物性を示すことが知られています(図1)。中でも特に、分子とナノ粒子の境界領域である1 – 数 nmの粒径領域のナノ粒子は、表面原子の割合の増加や量子性の顕在化などに伴う特異な物性を示すことが見出されています。一般的に、金属酸化物や金属ナノ粒子は表面保護剤の存在下でナノ粒子を合成することで得られます。しかしながら、1 – 数 nmのサイズ領域のナノ粒子は凝集しやすいことから、表面保護配位子を用いた方法では生成するナノ粒子のサイズをあらかじめ予想して合成するのが難しいという問題点があります。特に、1 – 2 nmの粒径を持つ金属酸化物ナノ粒子の汎用的な合成法は確立されていません。

我々は、金属酸化物ナノ粒子などの無機ナノ粒子を合成するためのプラットフォームとして、かご型の有機分子である「自己組織化有機ケージ分子」に着目しました(図2)。これらのケージ分子は、コンポーネントとなる有機分子の構造を変えることで内部空孔のサイズ・形状を明確に規定できるのに加え、ケージ分子骨格の化学修飾により金属イオンへの配位部位や機能性ユニットを導入できるという利点を有します。我々は、内部空間にキレート型配位部位を有する有機ケージ分子を反応場とすることで、粒径2 nm程度の酸化鉄 (フェリハイドライト) ナノ粒子を合成することに成功しています(図2, J. Am. Chem. Soc. 2018.)。また、金属イオンの捕捉・還元サイトを有する有機ケージ分子を反応場とすることによる、内部空間でのシード形成と粒子成長反応を介した粒径約2 nmの金ナノ粒子合成を報告しました(図3, Chem. Eur. J. 2023.)。



固体から分子を切り出す ―シアン化物イオン架橋多核錯体の特異物性―

プルシアンブルーは、FeIIイオンとFeIIIイオンがシアン化物イオンによって架橋された無限構造を有します。FeIIイオンからFeIIIイオンへの電子移動に由来する特徴的な濃青色を有することから、古来より顔料に利用されてきたのに加え、電圧の印加によって色が変化する「エレクトロクロミズム」を示す材料や二次電池としての応用が研究されています。

我々は、無限構造を持つプルシアンブルーおよび金属イオンの異なる類似体から、機能性分子ユニットを切り出したと見なせるシアン化物イオン架橋多核錯体系に着目して研究を行っています(図1)。特にFe-Co錯体では、熱や光をトリガーとした電子移動に伴うスピン転移現象(Electron-Transfer-Coupled Spin Transition = ETCST)が起こります。高温相ではS = 1/2 + 3/2の常磁性(FeIIILS-CoIIHS)ですが、サンプルを冷やすとコバルトイオンから鉄イオンへ電子移動が起こり、反磁性(FeIILS-CoIIILS)に変わります(図2)。

我々は[Fe2Co2]スクエア型4核錯体においてこの現象を見出し、分子の加熱・冷却により2段階の相転移が起こることを報告しています(J. Am. Chem. Soc. 2011.)。 その他にも、多様な構造のシアン化物イオン架橋多核錯体を合成し、興味深い性質を見出してきました。また、プルシアンブルー類似体から切り出した分子性ユニットの次元性を制御して再配列することにも成功しました(図3)。具体的には、[Fe2Co2]スクエア型4核錯体の末端シアノ基がフェノール類などと水素結合を形成することを利用して、直線型やシート構造などのネットワーク構造を構築しています(Angew. Chem. Int. Ed. 2017, Chem. Eur. J. 2017.)。

さらに、[Fe2Co2]スクエア型4核錯体と両親媒性アニオンを組み合わせた2種類の複合体(図4, 5)を構築しました。1つ目の複合体は、溶液中でETCSTをトリガーとした逆ベシクルと水素結合性ポリマーの可逆変換を示しました(図4, Chem. Eur. J. 2023.)。2つ目の複合体は交互積層構造を持つ結晶であり、吸脱水に伴い水素結合性一次元鎖LS錯体とディスクリートなHS錯体との間の可逆な構造変化を示すことを見出しました(図5, Dalton Trans. accepted.)。



錯体分子を基盤とした熱量効果材料の開発

冷却技術は、現在も環境負荷が高く非効率的な気体圧縮に基づく熱量効果を利用しており、革新的な技術開発が求められています。より環境にやさしく、効率的な新しい冷凍技術として固体冷媒を使った技術が研究されており、低温域では磁気冷凍効果(図1)、高温域では圧力熱量効果や電気熱量効果を使った冷却手法が注目されています。

我々は、設計性の高い錯体分子をもちいた熱量効果材料の開発を行っており、磁気冷凍にもちいることができる分子性磁気熱量効果材料を設計・合成・評価しています。金属イオンの持つスピンを適切に近接配置することで、目的の温度や磁場で大きな磁気エントロピー効果を示す物質の開発を進めています。有機分子である配位子を工夫することで異種金属イオンを集積できることを見出しており、例えば図2に示すような[Cu3Ln]錯体などを一段階反応で合成できることを報告しています(Dalton Trans. 2023.)。