低原子価の金属−アクア(M-OH2)錯体をプロトン共役電子移動酸化すると、対応する高原子価金属−オキソ錯体が生成する。例えば、ピリジルアミン配位子を有するRu(II)-OH2錯体をPCET酸化すると、対応するRu(IV)-オキソ(RuIV=O)錯体が生成する(文献1-7)。一方、アクア配位子のトランス位にN-ヘテロ環状カルベン(NHC)を有するRu(II)-OH2錯体では、2電子酸化により、Ru(III)-オキシル(RuIII-O•)錯体が生成し、Ru(IV)-オキソ錯体とは異なる反応性を示す(文献8-10)。
我々は、RuIV=O錯体の反応性はそのスピン状態に依存するのではなく、水素移動反応(HAT)における水素受容後の反応生成物であるRuIII-OH錯体のO-H結合の結合解離エネルギーに依存することを提唱している(文献2,7)。また、RuIV=O錯体のET及びPCETにおける再配列エネルギーを決定し、それらがFeIV=OやMnIV=O錯体に比べて小さいことを明らかにした(文献11)。さらに、別項で述べるように、有機化合物のC-H結合からRuIV=O錯体へのHATについて、速度論に基づいて詳細に検討し、反応機構について明らかにしてきた。
RuIV=O錯体を酸化活性種とする水中での有機化合物の触媒的酸化反応を開発し、有機溶媒中での反応と異なる傾向(反応様式、選択性、速度論的パラメータ)を見いだしている。また、酸性水溶液中で生成するNHCを配位子とするRuIII-O•錯体は、RuIV=O錯体と電子的に等価であるが、それとは異なる特異な反応性を示す。例えば、RuIII-O•錯体は芳香環を酸化的に分解してギ酸を生成し、芳香環上の置換基を有するカルボン酸を生成する(文献9)。
関連文献
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<研究テーマ2>
サドル型ポルフィリンを基盤とする超分子形成と機能開発
ポルフィリンは18π電子系の複素環化合物であり、生体内でもヘモグロビンやミオグロビンの活性中心に鉄錯体として存在する。ポルフィリンの特徴として、可視領域に強い吸収を示すこと、酸化還元活性であること、ジアニオン性大環状配位子として様々な金属イオンと錯形成すること、などが挙げられる。通常のポルフィリン分子は、その拡張されたπ共役系のため、平面型構造を示す。
(3)プロトン化ポルフィリンを基盤とする超分子構築と光誘起電子移動