1.金属錯体における酸化還元反応


(a) 高原子価金属−オキソ及びオキシル錯体の生成とその基質酸化反応に関する研究

(b) 水素移動反応の反応機構に関する研究

(c) 分子双安定性に関する研究

(d) 光エネルギーを化学エネルギーに変換する人工光合成に関する研究


 光合成では、光エネルギーを用いて化学エネルギー(ATPや糖)を産出している。環境エネルギー問題の解決に向けて、この光エネルギーを化学エネルギーへ変換するプロセスを模倣(拡大解釈)して、「人工光合成」に関する研究を行っている。

 まず、複核Co(III)-TPA錯体を触媒、[Ru(bpy)3]2+を光増感剤、Na2S2O8を酸化剤として用いて、光合成過程の要である水の光触媒的酸化反応を開発した。この系では、酸化コバルトを生成せず、量子収率44%で水を酸化して酸素を生成する。酸素発生機構は、以下に示すように、PCET酸化によって形成されるビス(µ-オキシル)Co(III)複核錯体において、分子内オキシルラジカルカップリングによってO-O結合が形成されることを明らかにした。また、生成するパーオキソ架橋Co(III)複核錯体から酸素が生成する過程についても、速度論的解析に基づいて明らかにした。

CO2の光触媒的還元反応の触媒として有効なNi(II)錯体。

CO2の光還元反応は、光エネルギーを化学エネルギーに変換するために重要である。そこで、CO/CO2相互変換を触媒するニッケル含有酵素である一酸化炭素脱水素酵素(CODH)を規範として、N2S2型4座配位子を有するNi(II)錯体を触媒とする、高効率かつ高選択的なCO2の光触媒的還元によるCO生成系を開発した。

ジメチルアセトアミド(DMA)/水(9:1, v/v)の混合溶媒中、Ni(bpet)錯体を触媒、[Ru(bpy)3]2+を光増感剤、BIHを電子源として用いると、量子収率1.42%、99%以上の選択性でCO2からCOを生成することがわかった。このCO生成反応の律速段階がCO2のNi(0)錯体への配位平衡であるため、Ni-CO2錯体中間体を安定化することにより、後続の反応の促進する方策として、Ni錯体触媒の第2配位圏にルイス酸を導入することを考えた。そこで、2つのルイス酸捕捉サイトとしてのピリジン環を導入したNi(bpet-py2)を合成した。Ni(bpet-py2)を触媒として、各種ルイス酸存在下でCO2の光触媒的還元反応を行ったところ、Mg2+イオンを用いた場合に最高の活性を示すことがわかった。その際のCO生成の量子収率は11.1%に向上し、CO生成の選択性は99.7%に達した。

Mg2+をルイス酸とするNi(bpet-py2)錯体によるCO2の光触媒的還元反応の推定機構

 一方、Ni(bpet)錯体を触媒、[Ru(bpy)3]2+を光増感剤として、水中アスコルビン酸(電子源)及び存在下で可視光照射を行うと、水素発生が進行する。このことは、同じ錯体でも、条件を適切に整えることによって、いろいろな反応を触媒することを示唆している。また、Ni(II)中心に結合したN2S2型4座配位子のキレート環員数が錯体の安定性に影響を与え、安定化の度合いが6員環よりも低い5員環キレートを有するNi(bpet)錯体が、H2発生における触媒活性が高いことを明らかにした。


 最近、π-拡張複素環配位子を有するRu(II)錯体が自己光増感型触媒として、配位子に含まれるピラジン部分で電子とプロトンを受容し、配位子が水素化された中間体を経由して水素発生が進行することを報告した。この水素化された中間体の励起3重項状態とプロトンの反応により、水素が発生する。さらに、この中間体はケトン類を水素化する活性を有することも見いだした。このほかにも、サドル型ポルフィリンを用いた人工光合成に関する研究を行っている。



関連文献

1.T. Ishizuka et al., Inorg. Chem. 2016, 55, 1154-1164.

2.H. Kotani et al., Inorg. Chem. 2019, 58, 3676-3682.

3.D. Hong, et al., J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 6538-6541.

4.D. Hong, et al., J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 20309-20317;

Correction: D. Hong, et al., J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 10229.

5.D. Hong et al., Inorg. Chem. 2018, 57, 7180-7190.

6.T. Sawaki et al., Dalton Trans. 2020, in press.