双安定性(bistability)は、2つの状態の間を外部刺激(熱、光、pH変化など)によって可逆的に行き来する現象である。このような双安定性を示す金属錯体をいくつか開発してきた。


(1)フォトクロミック錯体




Ru(II)-アロキサジン錯体におけるフォトクロミックな構造変化(擬回転)



光を駆動力とする過程を含む双安定性を示す例として、まず、特異な4員環キレート構造を有するRu(II)-アロキサジン錯体がある。この錯体では、アロキサジン配位子が、配位したまま光と熱によって擬回転する。擬回転の過程は、アロキサジン配位子が単座配位となり、かつ溶媒分子(CH3CN)が配位した中間体を経由する。(Angew. Chem. Int. Ed. 2007, 46, 905; J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 1556-1557)

 また、Ru(II)-プテリン錯体でも、同様なフォトクロミックな構造変化を示すことがわかった。この錯体では、プテリン配位子の部分解離ではなく、スペクテータ−配位子であるTPAが部分解離して構造変化が進行することがわかった。ただし、この錯体の光構造変化はアセトン中で進行し、熱過程による元の構造の復元は、活性化障壁が高いためCH3CN中で進行する。(Chem. Eur. J. 2011, 17, 6652)

(2)PCETを基盤とする分子双安定性

 TPA配位子のピリジン環の6位にアミド結合を介して様々な機能性官能基を導入し、Ru(II)-TPA錯体の高度機能化を行ってきた。その一環として、TPAに2,2’-ビピリジン配位子を導入し、Ru(II)-TPA錯体にアミド結合を介してCu(II)錯体を連結した複核錯体を合成した。Ru(II)中心に配位したアミド部位のN-Hプロトンの可逆な脱着による、Ru(II)中心の酸化還元電位の可逆な変化に基づいて、Ru(II)とCu(II)の間で可逆な分子内電子移動が進行する。これを「プロトン共役電子シャトリング」と呼んでいる。このプロトンの脱着と共役した電子のキャッチボールによって、Ru(II)Cu(II)状態とRu(III)Cu(I)状態の間の双安定性が発現した。(J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 18570)

プロトン共役電子シャトリング