2.サドル型ポルフィリンの化学


(0) ポルフィリン分子と構造のひずみ

(a) 曲面構造に基づく特異な超分子構造及び分子集積体の形成

(b) プロトン化に基づく機能開発

(c) プロトン化ポルフィリンによる触媒反応

 ドデカフェニルポルフィリン(H2DPP)のモリブデン(V)錯体は、周辺フェニル基間でのπーπ相互作用により自己集積して、その閉じたπ空間に特異な構造を有する4核モリブデン(VI)—オキソクラスターを水素結合により包接した「ポルフィリンナノチューブ」を形成する(Angew. Chem. Int. Ed. 2004, 43, 1825; Chem. Mater. 2007, 19, 51 (Cover Picture))。これが世界で初めて結晶構造が決定された、ナノサイズに制御されたチューブ状ポルフィリン超分子である。

 H2DPPの塩酸塩[H4DPP]Cl2は、クロロホルムーアセトニトリル中から結晶化し、超分子構造「ポルフィリンナノチャンネル(PNC)」を形成する。この超分子構造では、ナノサイズのゲスト包接サイトに水分子及びクロロホルム分子を包接している(PNC-water)。さらに、ヒドロキノンなどの電子供与性分子を共存させると、そのゲスト包接サイトに取り込んだ「PNC-guest」が形成される。これに対して、電子受容性分子であるキノン類は包接されず、PNC-waterが形成される。すなわち、PNCはゲスト分子の電子的性質を認識してそれらを包接する。(Chem. Commun. 2005, 716; Chem. Eur. J. 2007, 13, 8212) さらに、電子供与性分子を包接したPNCに可視光を照射すると、電子供与性ゲスト分子からH4DPP2+への光誘起電子移動が進行し、PNCは光導電性を示す。(Chem. Mater. 2008, 20, 7492; J. Mater. Chem. 2008, 18, 1427)

Mo(V)DPP錯体が形成する4核Mo-オキソクラスターを包接したポルフィリンナノチューブの結晶構造

 サドル型ポルフィリンの非共有電子対の軌道と金属のd軌道の重なりの不十分さにより、金属中心への十分な電子供与が起こらず、平面性ポルフィリンに結合している金属中心よりも、中心金属のルイス酸性が向上する。そのため、軸配位が強まり、平面性ポルフィリン錯体では不可能な集積構造を形成できる。その例として、[Mo(DPP)(O)(H2O)]+は、サイズ、形状、及び電荷が明確に制御できるヘテロポリ酸の末端オキソ配位子と、配位子交換反応を経て直接配位結合を形成し、複合集積分子として「ポルフィリンハンバーガー」を生成する。(Chem. Commun. 2007, 3997 (Selected as a Cover Picture); Highlighted in Chem. Sci. 2007, 4, C58)。ポルフィリンハンバーガーはベンゾニトリルなどの溶液中でも安定にその構造を保持し、可逆な多段階の酸化還元挙動を示す(Inorg. Chem. 2010, 49, 11190)。

ヒドロキノンを包接したH4DPP2+Cl2が形成するポルフィリンナノチャンネルの結晶構造

 Sn(IV)-DPP錯体は、その強い軸配位と電子供与体としての機能を利用して、光機能性複合集積体の構築に有効である。我々は、ピリジンカルボン酸を軸配位子とするSn(IV)DPP錯体をカルボキシラト架橋三核Ru(III)-オキソクラスターに結合させた、複合集積分子を構築した。その複合体内では、Sn(IV)DPPサイトからルテニウムクラスターへの非断熱的光誘起電子移動が進行する。面白いことに、その複合体では、電子移動における再配列エネルギーが小さいため、Sn(DPP)部位からRu三核クラスターへの電子移動も、その逆電子移動もMarcusの逆転領域で進行する(Chem.–Eur. J. 2010, 16, 3646;下図)。

ポルフィリンハンバーガー(Porphyrin Hamburger) [{Mo(DPP)(O)}2(H2SiW12O40)]の結晶構造