平面性ポルフィリンでは、ピロールのプロトンが非局在化しており、ピロールのプロトン化には過剰のブレンステッド酸が必要である。これに対し、サドル型ポルフィリンでは、ピロールの非共有電子対がアクセスしやすい状況にあるため、カルボン酸などの弱い酸でも定量的にプロトン化できる。プロトン化されたH2DPPは、共役塩基と水素結合を形成して超分子を形成することが出来るだけでなく、プロトン化によって還元電位が大幅に低下し、電子移動における電子受容体として機能する(J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 577; Coord. Chem. Rev. 2012, 256, 2488)。

 カルボキシル基を導入した電子供与体をH2DPPと反応させると、H4DPP2+の上下に電子供与体が水素結合したDonor-Acceptor-Donor超分子が形成される。下図左のサドル型フタロシアニンと4-ピリジンカルボキシレートを配位子とするZn(II)錯体とH4DPP2+からなる超分子構造は溶液中でも保持されることが、CDCl3中でのDOSYスペクトル測定により明らかとなった。この複合超分子を光励起すると、フタロシアニン部分からH4DPP2+への超分子内光誘起電子移動が進行し、667psの寿命を有する電子移動状態が形成される(Angew. Chem. Int. Ed. 2008, 47, 6712)。

Mo(V)DPP錯体が形成する4核Mo-オキソクラスターを包接したポルフィリンナノチューブの結晶構造

 この現象を一般化し、H2DPPとカルボキシル基を有する電子供与体(Donor; D)を水素結合により超分子化した、[H4DPP](Donor-COO)2を合成した。一例としてフェロセンカルボキシレート(FcCOO)を含む超分子を上図右に示す。これらの超分子内光誘起電子移動は非断熱型電子移動であり、電子移動の速度定数は、強い水素結合のためにやや小さなD-A間距離依存性(β = 0.64 Å–1)を示す(JACS 2010, 132, 10155)。

 カルボキシル基を導入した電子供与体をH2DPPと反応させると、H4DPP2+の上下に電子供与体が水素結合したDonor-Acceptor-Donor超分子が形成される。下図左のサドル型フタロシアニンと4-ピリジンカルボキシレートを配位子とするZn(II)錯体とH4DPP2+からなる超分子構造は溶液中でも保持されることが、CDCl3中でのDOSYスペクトル測定により明らかとなった。この複合超分子を光励起すると、フタロシアニン部分からH4DPP2+への超分子内光誘起電子移動が進行し、667 psの寿命を有する電子移動状態が形成される(Angew. Chem. Int. Ed. 2008, 47, 6712)。

 H2DPPは、酸の強度を制御することによって、モノプロトン化体(H3DPP+)を生成することを見いだし、その生成の熱力学的制御に成功した。また、電子供与体からモノプロトン化体への光誘起電子移動における電子移動特性を明らかにした(Chem. Commun. 2009, 4994; Chem. Eur. J. 2017, 23, 4669)。

 電子吸引基を導入したH2DPP誘導体のジプロトン化体を2電子還元すると、安定な非芳香族性の20πイソフロリン誘導体が得られる。また、そのイソフロリン誘導体をDMSO中で2電子還元することにより、新規な4電子還元体ポルフィリノイドが得られ、その結晶構造を決定した。この4電子還元体は、キノン(DDQ)によって酸化され、定量的に元のポルフィリンジプロトン化体に戻る。(Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 1973)

H4DPP2+誘導体の多電子還元による新規なポルフィリノイド形成

 2つのピロール窒素にメチル基を導入したDPP誘導体(Me2DPP)は、さらに興味深い現象を引き起こす。Me2DPPは過酸化水素と反応してイソフロリン誘導体に還元され、そのイソフロリン誘導体は酸素と反応してMe2DPPに酸化される。すなわち、Me2DPP/H2Me2DPPの可逆な酸化還元過程に基づいて、酸素と過酸化水素の相互変換が達成される。(J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 5987)